8月8日(土)10:00〜16:00築地社会教育会館で熱く開催しました◆

小泉塾2009 海と魚と食文化講座 開催報告

テーマ:「東京の海とサカナ」

◎小泉武夫先生のご厚意で始まった「小泉塾」。今年で6年目を迎えました。日本の食についていまこそ学ぼう!

という趣旨のもと、今回も大勢の皆様にご参加いただき、充実した講座となりました。

◎そして取材してくださった記者さんたちの筆も走っています!その場にいるような気持ちにさせてくれる、

うれしい書きっぷりです。感謝しつつ、報告に掲載させていただきます。

今年も大盛況の「小泉塾」。

 ウーマンズフォーラム魚(白石ユリ子代表)が主宰する「小泉塾」が相変わらずの人気だ。東京農業大学の小泉武夫名誉教授を塾長に迎え、「海と魚と食文化講座」を開講してからはや6年。洒脱で、それでいて奥深い「日本人と魚食談義」が面白い。   

8日、築地の社会教育会館で開かれた小泉塾2009にざっと150人が参加。小泉塾長をはじめ、古地図をもとに「江戸前漁業について」を東京国際大学の出口宏幸講師が解説したほか、江戸川河口で「8代目漁師を生きる」小島一則氏が東京湾漁業の変遷を述べた。

 また東京都漁連の塚本参事が「東京都の海と魚」を語り、最後に「すしざんまい」で知られる築地喜代村の木村清社長が「すし屋ビジネス最前線」で会場を沸かせるなど、多彩な講師陣が聴衆を最後まで飽きさせなかった。(日刊食料新聞・山初編集委員)

 

▲小泉武夫塾長

(東京農業大学名誉教授)

小泉節が炸裂!

小泉武夫塾長は講演で「世界で最も豊かな東京湾」と強調した。東京湾は隅田川、荒川、多摩川など5本の川が流れ込み魚の餌となるプランクトン、虫が豊富。小泉塾長は「東京湾は素晴らしい魚を私たちに提供してくれる。本当に川は大切なもの」と東京湾に流れ込む河川の大切さを訴えた。(みなと新聞・佐々木記者)

小泉塾長は「日本人の魚食感」をテーマに基調講演、「日本は水の国。奈良時代の大宝律令には、すでに環境行政が布かれていたことが記されている。水美しければ山美しくー。山と川と海との循環が綴られている」。また考古学では縄文中期に「魚しょう」が作られていたし、奈良時代には「ワサビ」、平安時代には「味噌」、「カツオ節」は室町時代には生産が始まっていたと、香辛料の歴史に触れ、日本人の味覚や食文化のルーツを語った。(日刊食料新聞・山初編集委員)


▲出口宏幸氏(東京国際大学講師)

東京湾でヒラメが踏めた!

「ここにおりたちて蠣(カキ)蛤(ハマグリ)を拾い、砂中のひらめ(ヒラメ)をふみ、引残りたる浅汐に小魚を得て宴をも催せり」(『東都歳時記』天保9年=1838年)

出口宏幸先生によると、当時の品川や深川沖は数キロも歩いて行けるほどの遠浅だった。引用文は「小船で沖に出たところ、引き潮で海だったところが陸地になり、カキやハマグリが落ちていたので拾って集めた。おっと、砂に隠れていたヒラメを踏んでしまった!引き潮でできた水たまりで小魚も捕まえたので、宴会を開いた」という、何とも楽しそうな描写である。(時事・新井記者のメール通信)

 

▲「東京の海の味」弁当

お昼は「東京の海の味」弁当

ウーマンズフォーラム魚が東京の食材をとりよせて手作りしたお弁当です。

←ご飯は、八丈島産ムロアジの「ムロブシご飯」。おかずは「江戸前アナゴの天ぷら」、伊豆諸島の「糸寒天サラダ」、江戸湾に鯨が入り込んだ故事にちなみ「鯨大和煮」と野菜です。

▲江戸前のアサリ汁も!

▲小島一則氏

(東京東部漁業協同組合副組合長)

(出口先生の記事から続く)

江戸湾が手づかみできるほど豊な海だったからこそ、江戸で生魚を使った繊細な料理が生まれたのだろう。江戸前が誕生する以前の寿司は、塩をふった魚介類とご飯を一緒に漬け込んだ{なれずし}などで、自然発酵して酸味がある保存食品だった。ちなみに江戸前とは本来、江戸城の前に広がる江戸湾で捕れた鮮魚のことで、生魚を使った握り寿司を江戸前寿司と呼んだ。

メタンガスが沸く時代があった

しかし、日本が工業立国への道をひた走り、東京湾は大規模に埋め立てられた。川や海に工場や家庭の排水を垂れ流した結果、東京湾は生物が住む場でなくなった。隅田川近くで生まれ育ったという塚本亨さんは、高度経済成長期の隅田川について「そのころ、川は最悪の状況でした。メタンガスがボコボコ沸いて。水銀やPCB汚染などが事件になっていました」と回想した。それでも東京湾は、死んだわけではなかった。人々の地道な環境改善の取り組みで、輝きを徐々に取り戻してきた。「最悪の状況」だった東京の河川や海が復活しつつある。

江戸前の復活! 

「今はウナギやスズキが旬ですね。ウナギは天然モノがすごく人気があって高く売れるので、ホクホクです」。どこか遠い海の話ではない。小島一則さんが漁場とするのは東京湾の内湾や江戸川だ。

(中略) ただ、江戸前寿司を庶民が普段から食べられるようになるには、時間がかかりそうだ。漁獲量や食べられる種類はまだまだ少ない。東京内湾には500人くらいが漁師として登録しているが、専業の漁師は10人ほどで、大半は屋形船などを主な収入源にしている。農業で地産地消が叫ばれている昨今、漁業でも近くで捕れた魚介類を食べられるようになったらいいですね。(時事・新井記者のメール通信)

▲塚本 亨氏

(東京都漁業協同組合連合会参事)

▲木村 清氏 (滑代村社長)

築地場外を中心に「すしざんまい」26店舗を展開中。

お客さんのニーズを絶えずリサーチする必要あり

オオトリを飾ったのは「すしざんまい」の木村清社長。「温か弁当を皮切りに魚の仕事に関わり36年」。(中略) とにかく発想力がひととは違う。捨てられていたイカの耳をチクワに混ぜたり、北海道のスケソウのガラを白身魚のフライにして大儲けしたり、釣りに出かけたアメリカでウニを大漁に買い付けたり、即断即決して実行に移してしまう。ギンダラ、メルルーサ、ホキなど新顔の魚の発売時には必ずこの人の名が出てくる。魚ばかりではない。タイのブロイラーを大量に買い込みチキン南蛮で大当たり、中国では野菜もつくっている。もちろん、失敗段も多いが。(中略)「作る側も売る側のそれぞれ事情を抱えている。お互いがコミュニケーションを欠かすとおかしくなる。お客さんのニーズはどうなのかを絶えずリサーチする必要があり、社長と従業員の間でもそれは同じです。難しいからといって止めてしまっては一歩も前に進めない。明るく楽しく汗をかいてまいりましょう」の締め言葉に拍手が鳴り止まなかった。(日刊食料・山初記者)